輕鬆讀懂日語經典作品
ja-reading.com
輕鬆讀懂日語,輕鬆閱讀日語。線上閱讀日語經典作品。支援在閱讀過程中顯示假名、查詢生詞、翻譯句子。
しそうとしてのぶんがく
思想としての文学
戸坂 潤
線上閱讀戸坂 潤《思想としての文学(しそうとしてのぶんがく)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 209,809 字 · 408 頁
夫ならば之は今日の全文学中の一種のジャンルをしか意味しない。この点は近代的な小説の形態をもとうと古代以来の韻文=詩の形態を取ろうと変らないから、このジャンルとしての風刺文学は恐らく古典的な風詩に準じて理解されていいだろう。
処がこの風詩なるものは、詩としての資格に於て、決して本道を濶歩する正々堂々たるものではない。単に、詩の形態を用いることによって、荘重な形式の下に意外に荘重でない中身を伏せておくという効果を勘定に入れているものであって、必ずしも詩(古典的には文学全般を意味した)の形を取らなくてもよかった筈のものだ。尤もその中肉が詩的な荘重さを有っていないからと云って、中肉自身が嘘であって真理でないと云うのではない。実は寧ろ、夫が茶番ででもない限り、あり余る程の而も生きた社会批判という真理を盛られているので、従って悲劇詩人(哲学者式概念劇もこの系統にぞくする――プラトンの対話篇)の得意な「詩」の形式には這入り切らない程に豊かな真理が含まれてもいるのである。だからと云って、アリストファネスやルキアノスが詩の本道だとは云えないだろう。
つまり詩という文学的形式と、之に盛られる社会の批判という文学的内容とが、一向必然的な結合を持っていないので、作者は単に詩という伝統的に権威と信用とのある大衆性をもった形式を利用