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しそうとしてのぶんがく
思想としての文学
戸坂 潤
線上閱讀戸坂 潤《思想としての文学(しそうとしてのぶんがく)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 209,809 字 · 408 頁
否定と肯定とが同一となり、人々が任意にどの側にでも立てる場合、パラドックスが之である。この場合表面は裏面によって、裏面は表面によって、云い表わされる。飛ぶ矢は飛ばず、白馬は馬ではない。この際でも本当に肯定と否定とが自己同一ならば、二つの区別はないのであるから肯定か否定かの一つで事は足りる筈なのだが、夫ではパラドックスは消えて了う。依然として二つのものの同時的成立が必要なのである。
所謂笑いやユーモアの論理的構造では、事物の裏――この否定的・悪魔的なもの――が事物の表に対する圧力は全く消極的であった。裏切り者はなごやかな雰囲気の内に巻き込まれて了う。裏切り者は道化役にしか過ぎなかった。処がアイロニーやパラドックスでは事物の裏のもつ眼は中々ごま化すことが出来ない。否定は攻撃性を帯びて来る。笑いの論理は、次第にそれに固有だった論理性の鋒鋩を、否定性を、批判性を、露骨にして来る。で今や事物はその肯定の内からやがてその否定を結果として持たねばならなくなるのである。之が批判なのである。
処でここまで来ると、笑いの論理的構造と考えていたものが実は弁証法的本質であったことに人々は気付くだろう。