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しそうとしてのぶんがく
思想としての文学
戸坂 潤
線上閱讀戸坂 潤《思想としての文学(しそうとしてのぶんがく)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 209,809 字 · 408 頁
ユーモアには、現在わが国に存在している所謂ユーモア文学――有閑サラリーマン文学(佐々木邦其の他)・高踏的人情文学(井伏鱒二其の他)・モダーンライフ文学(中村正常其の他)等――などでは充分に表わされないような、立ち入った本質的な側面があるだろう。
ユーモアのこうした問題は併し云うまでもなく、決して単に文学だけの問題ではない。夫は一般に云って言論活動全体にとっての問題でなくてはならぬ。ユーモアは今日、その本質を深く掘り下げられねばならぬと共に、それの通用する範囲を広範に統一的に取り上げられなければならない。
ユーモアとは一体何であるか。ごく簡単にその或る側面の輪郭だけを素描しておきたいと思う。
元来ユーモアという言葉は人性論的(人間学的)な出処を有っている。それは人間の幾つかの類型に固有な体液を意味したので、それが人間の性格を決定するものだと考えられた。そこからこの言葉は気分を、観念の雰囲気を、意味することとなったのである。ユーモアがやがて、観念の一種の無限定性を云い現わすことは、その次のただの一歩に過ぎないのである。
併し観念がただ単に無限定ならば実は何の観念でもあり得ないので、無限定ながら何かの中心を持っているのがユーモアの一般的な特色だ。