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しそうとしてのぶんがく
思想としての文学
戸坂 潤
線上閱讀戸坂 潤《思想としての文学(しそうとしてのぶんがく)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 209,809 字 · 408 頁
現実は観念の中心として、丁度ヨーヨーのように伸縮自在に、観念のフリンジの液膜の内を浮動させられる。この第二の場合が諧謔と呼ばれるもので、之が実は代表的なユーモアなのである。
だが第三の場合として。観念の中心は、もはや遠心的に浮動するのでもなく、又悠然と静止することも止めて、積極的に活動し始める。中心は自分自身が移動する代りに周辺に向かって求心力を発揮し始める。観念は単に狂奔し膨漫するのではなくて、自分自身活きた屈伸性を帯びて来る。ユーモアのこの第三の場合は一般に(逃避的なものに対比して)批判的であり、(楽天的な甘さに対比して)辛さや苦がさを持って来る。併しそれにも拘らず、一般に辛さや苦がさも亦陶酔の対象となることが出来るので(感傷的懺悔、宗教的又道徳的諧謔性等を見よ)、この場合でもユーモアは陶酔的なものから覚醒的なものに及んでいる。前者はアイロニー及び風刺であり、後者は批判であるということが出来る。
さてこういう具合に、ユーモアの領野は、最も低級なふざける意識の方向と、最も高級な批判の意識の方向との、二つの側面に向かって延びているのである(これがなぜ笑いやおかしさとなるかについては別な側面から考えて見なければならない)。