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しそうとしてのぶんがく

思想としての文学

戸坂 潤

線上閱讀戸坂 潤《思想としての文学(しそうとしてのぶんがく)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 209,809 字 · 408 頁

青空文庫

ことになる。ヘーゲル風に云い表わせば、ここまで来て俗物は、それ自身の自己疎外に気づかなければならなくなるのである。

文学の世界に就いて云えば、まず第一に趣味の転換が現われる。なぜなら、文芸や芸術をどんなに深刻に理解しようとも、それが人間生活の一等直接な直覚的な表出である以上、何よりも趣味判断にその先端があるからである。云うまでもなく一定の趣味はすぐすたって悪趣味になるだろう。だがそれだけではない、一般に趣味を気にかけること自身が一つの悪趣味となって来るのである。なぜと云えば、趣味を一般に気にかけることは、実際上は、既定の支配的(やがて又支配階級的)趣味を気にかけることに他ならないからだ。こうやって超俗的な趣味人は直ちに、俗物的な悪趣味人に、キザな野蛮人に、変化する。自分は変化しなくても歴史が変化するのだから仕方がない。

文学上の俗物の問題に就いては、言葉というものが非常に大切なテーマである。少なくとも文字と結びつけられた限りの言葉が大切である。初め文字は奴隷制的乃至国家封建的支配階級の支配技術上の一種の用具であって、丁度大学の図書館の本のように、使用され利用され理解されるよりも、保存され隠匿されることが、その意義であった。