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しんしょたいこうき
新書太閤記
吉川 英治
線上閱讀吉川 英治《新書太閤記(しんしょたいこうき)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 200,903 字 · 400 頁
「あ、お袖が濡れまする」
「お水をおかえいたしましょう」
小姓たちは恐懼して、ひとりは慌てて信長のうしろからその白綾のたもとを持ち、またひとりは水を汲みあらため、さらに一名は手ぬぐいを捧げてその足もとにひざまずく。
ときを同じゅうして、侍部屋の人々も、宿直の間を立ち、御殿の妻戸を開けているかのような気配だったが、折ふしはるか表御堂の方にあって、ただならぬ物音がしたと思うと、遠くからこの奥殿へ向って、だ、だ、だ、だっと烈しい跫音がとどろいて来た。
信長は、鬢の毛のしずくもそのままきっと振り向いた。そして、
「見て来いっ。坊丸」
と、性急に命じてから、その後で、手にしている布で面をつよく拭きこすっていた。
「表御堂の御番衆が、争いでも起したのでございましょう」
そのときもう彼の後ろへ来て侍列していた山田弥太郎、今川孫二郎、薄田与五郎などは、問われるともなくこう答えたが、信長は否ともいわず頷きもしなかった。そしてその眼は一瞬、深淵の水にも似て、外へ求める光よりも、彼自身の内に澄んで、自身の記憶の中のものを探し求めるかのように耀いていた。
それは実に束の間であった。