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しんしょたいこうき
新書太閤記
吉川 英治
線上閱讀吉川 英治《新書太閤記(しんしょたいこうき)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 200,903 字 · 400 頁
この中道に敗れんか、余りにも無念だ。この一朝に死なんか、余りにも残念なのだ。つがえては切って放つ一弦一弦の弓鳴りはその憤りを発するに似ている。しかもその弦もほつれ、弓も折れようとしていた。
「矢を。矢がない。矢を持て」
彼は、うしろへ叫びつつ、そこらの廻廊に落ちている敵の外れ矢まで拾って射た。そのとき練紅梅の鉢巻して、大模様の片袖をかいがいしく脱ぎ絡げたひとりの女性が一抱えの矢を運んで来てその一本を彼の手に捧げた。信長は見て、
「阿能か。もうよい。落ちろ落ちろ」
と、烈しく顎で追いやった。けれど阿能局は、信長の右手へ次々に矢を渡して、叱られても去らなかった。
腕よりは、気稟である。弓勢というよりは気魄である。信長が射る矢は、
(匹夫の冥加となせ。天下取の矢の根を賜わるぞ)
と、いうが如き豪壮な矢唸りがあった。しかも阿能局の運んで来た矢数も忽ち射尽してしまったほど、矢つぎ早であった。
寺内の庭上、そこかしこ、彼の矢に中って、斃るる敵が見えた。けれど矢風を冒して、
「右大臣家と見奉る。いまはのがれ難きところ。いさぎよく御首級をさずけ給え」
と呼ばわり呼ばわり、そこの欄の直下へ或いは橋廊下へ攀じのぼって彼の側面から、必死と迫って来る甲冑の敵は、ちょうど此寺のさいかちの木に朝晩群れる鴉のようであった。