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もみノきはのこった
樅ノ木は残った
山本 周五郎
線上閱讀山本 周五郎《樅ノ木は残った(もみノきはのこった)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 145,078 字 · 285 頁
おくみは俯向いた。同意したのではなく、いまは甲斐にさからうまい、というようすであった。甲斐は調子を変えて、今日は久方ぶりで朝粥の会をしたが、飲み足りなかった、と云った。
「飲みながら聞くとしよう、酒の支度をしてくれ」
酒の支度ができて、甲斐は広間へ移った。――襖を背にして、宮本新八と、脇へよっておみやとが平伏してい、座についた甲斐が声をかけると、静かに顔をあげた。
新八はやや肥えていた。眉も眼もはっきりしてきたようで、眼には力があった。唇もひき緊り、顔ぜんたいが精気と自信に満ちているようであった。寸をちぢめた水色の肩衣に袴で、菖蒲を染めたはなだ色の着物という、芸人らしい派手な着付をしていた。
新八は甲斐に挨拶をしたが、その声もおちついてはっきりしていた。おそらく鍛練したためだろう、言葉は卑下し、感謝を述べているが、声の調子はきっぱりとした、なんだ、というような対抗的な響きが感じられた。
――おとなになったな。
と甲斐は心で呟いた。
おとなというより、人間、という感じだ。かつて新八は、おみやとの関係を恥じて語ったことがある。脱走してからの生活は、賤しく、汚れた、みじめなものだったらしい。