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きどうむかしがたり

綺堂むかし語り

岡本 綺堂

線上閱讀岡本 綺堂《綺堂むかし語り(きどうむかしがたり)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 183,656 字 · 363 頁

青空文庫

帰り路に虎渓橋の上でカーキ色の軍服を着た廃兵に逢った。その袖には赤十字の徽章をつけていた。宿に帰って主人から借りた修善寺案内記を読み、午後には東京へ送る書信二通をかいた。二時ごろ退屈して入浴。わたしの宿には当時七、八十人の滞在客がある筈であるが、日中のせいか広い風呂場には一人もみえなかった。菖蒲の湯を買い切りにした料簡になって、全身を湯にひたしながら、天然の岩を枕にして大の字に寝ころんでいると、いい心持を通り越して、すこし茫となった気味である。気つけに温泉二、三杯を飲んだ。

主人はきょうも来て、いろいろの面白い話をしてくれた。主人の去った後は読書。絶え間なしに流れてゆく水の音に夜昼の別ちはないが、昼はやがて夜となった。

食後散歩に出ると、行くともなしに、またもや頼家の方へ足が向く。なんだか執り着かれたような気もするのであった。墓の下の三洲園という蒲焼屋では三味線の音が騒がしくきこえる。頼家尊霊も今夜は定めて陽気に過させ給うであろうと思いやると、われわれが問い慰めるまでもないと理窟をつけて、墓へはまいらずに帰ることにした。あやなき闇のなかに湯の匂いのする町家へたどってゆくと、夜はようやく寒くなって、そこらの垣に機織虫が鳴いていた。