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ずいひつ しほんたいへいき
随筆 私本太平記
吉川 英治
Read 随筆 私本太平記 (ずいひつ しほんたいへいき) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 56,947 characters · 114 screens
後醍醐や尊氏や、あんな烈しい戦乱期の人々をほとんど弟子視して、自由に生きとおした一禅人は、こんな柔和な人だったのか。著名な尊氏の馬上像はほぼ彼の実写にちかいのであるまいか。夢窓といい、この像といい、またべつな藤房像といい、現代の巷でも、どこかでは見たような顔である。ただ夢窓のような坊さんは、いまの宗教界にはいそうもない。
ぽつんと、白絹の上にのっていた根来椀の朱ザビと線が、ひどく印象的だった。これを作った無名の工人や庶民をかすかに感じさせる。もちろん庶民の用途になった物ではないが、この一器の影に、あの時代をどう生きたか、庶民の生業みたいなものを私は見つけようとした。
考えてみると、つい戦前までは、南北朝ということばすら、つかえなかった。博物館で昭和何年かに“建武遺芳展覧会”をやったときは、尊氏関係の物はみなアウトされたし、当時の北朝系の物も否定にあって、ひどく偏して淋しかったものだという。だからほんとの意味での「南北朝展」というのは、こんど初めて陽の目を見たようなものである。
その晩、私は椿姫の観衆の中にいた。一場の歌劇にもウィーンいらいの伝統がある。