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ずいひつ しほんたいへいき
随筆 私本太平記
吉川 英治
Read 随筆 私本太平記 (ずいひつ しほんたいへいき) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 56,947 characters · 114 screens
その三
近く舞台は鎌倉に移る。執筆前に、いちど鎌倉史蹟歩きを約していたが、風邪、雑忙、それに原稿もストックなしで、私がぐずぐずしているまに、数日前、杉本氏一人で先に出かけたらしい。
燈台下暗しで、鎌倉は私も小学生頃から知悉しているわけだが、さて、書くとなってみると、じつは何も知らないのだ。人間おおむね、「知っている」と、すましていることが、じつはいかに何も知っていないことかという、よい一例である。東京及び鎌倉人は、かえって、奈良、京都、阪神などのほうが詳しいようだ。(三三・四・二)
その三
五月。なんとなく若さを感じる。メーデー、憲法記念日、子供の日。それと、眼に青葉。
作家の生理にも、季感の影響はあるかもしれない。一年中、雑書と紙クズだらけな書斎だが、五月の窓光には、五月の発想が疼く。窓外の新緑をみると、机の上にも、新芽を吹きたい欲望がしきりにおこる。
「私本太平記」も、いつか百回をこえた。百回ぐらいまでには、一応、高氏の人間的な準備期と“正中の変”あたりもすむ予定でいたが、つい捗らない。なにぶん読者に馴じみのうすい時代なので、そこを分りやすくするための、時代の舞台装置などに、どうしてもよけい筆が要る。