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あるはいまつのどくはく

ある偃松の独白

中村 清太郎

Read ある偃松の独白 (あるはいまつのどくはく) by 中村 清太郎 (なかむらせいたろう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.

N2 · advanced · modern kanji and kana · 132,905 characters · 262 screens

Aozora Bunko

四 雪山朝暮

烈風が画架を吹き飛ばそうとする勢いに、杭を打ち込んでしばりつける。腰掛は大きな朽木。山男が後で――山に対している私が、手も足も震えどおしだった、と言う。それは恐らく、寒さのためばかりではなかったろう。

七時頃、満月が峠の方の尾根に昇る。光芒が鋭い銀線の束をらんらんと射出する。赤石は昼間とちがって、空の底に恐ろしく低くうずくまり、圏谷をもつ北沢の雪がクッキリと照り映える。あたりは霜に挫がれた草や枯木の幹、岩片などがしらしらと浮き、影がゾッとするほど深い。大きな火を前にして、山男が枯枝の箒で払った古蓆の座はむしろ清く、石の畑からもたらした青菜を投げ込んだ味噌汁に、湯気の雲を吐きつつ食う飯は、常の味いでないこというまでもなく、西の小窓を払えば、風と共に赤石の貴い姿が入ってくる。廃屋の主じぶりも、まことに心ゆくばかりだ。しかし火が小さくなると夢も破れ勝ちで、幾度か山男を煩わして暁に及ぶ。

所ノ沢の赤石岳の挿図

四 雪山朝暮

四時半頃には仮寝の床を捨てて、火を盛んにする。北斗が千挺木の方、狭い谷の空いっぱいに横たわる。風はようやく落ちたらしい。赤石は、光沢のない雪がほの白くよどんでいる。