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あるはいまつのどくはく
ある偃松の独白
中村 清太郎
Read ある偃松の独白 (あるはいまつのどくはく) by 中村 清太郎 (なかむらせいたろう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 132,905 characters · 262 screens
栂池へ
また雪眼鏡を嫌ったため、多少雪盲の気味で、涙がしきりに出る。もっとも涙は、いつも山を拝む眼をくもらせ勝ちではあるが。
緊張に凝った心身も、Yが丹誠の風呂に浸り、静かに盃をふくんでは、快よくほぐれて来る。満月皎々。ただ巻雲乱れて月暈浮ぶ。Yは又、これは「月の上り」だが、環中に星があるから降らぬ――と予言する。果して翌日また晴天。四十雀鳴き、うそと覚しき声も聞く。しかし例の橡転ばしの濁み声が前触れで、次の日は飛雪紛々、四周白尽。ただし寒気ゆるみ、室に椿象が這い廻る。ついに午後、みぞれまじりの雨となり、木々の枝珠をつらぬく。早くも春雨の趣きあり。
栂池へ
栂池峯と白檜の挿図
明日は栂池へと荷をまとめる夕べ、宵闇みに星光とくに燦爛。南天にシリウス清冷の痛光を放ち、オリオン槊を横たえて立ち、昴さえ時ならぬ螢ときらめく。暁月に起床。鳥声しきりに起る。三山茜に染んだが、たちまち雲を引被ぎ、ただ小蓮華、乗鞍は分明。小雪の舞う中を、スキーにシールを着けて行く。向う山に赤黒く山肌が剥き出され、昨夕の雪崩の音をうなずかす。雪しまり足触りは堅い。クゴ池いずこ。このあたり仲春は蕨、薇の緑氈だが、あの敏感な草の芽、雪の底で春のけはいを如何に……。