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あるはいまつのどくはく
ある偃松の独白
中村 清太郎
Read ある偃松の独白 (あるはいまつのどくはく) by 中村 清太郎 (なかむらせいたろう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 132,905 characters · 262 screens
ある偃松の独白(小説) ――絵画「老いたる偃松」の姉妹作――
一 稀びと
(昭和九年極月半ば西風をきつつ、阿佐ヶ谷にて)
――「山」二巻二号――
ある偃松の独白(小説)
――絵画「老いたる偃松」の姉妹作――
〔小引〕――偃松は、好んでわが国高山の峯頭に生育する、松科の常緑樹で、針状の五葉をかざし、初夏の候、単性花を雌雄同株に開き、毬果を結ぶ。風雪の威力の下、鱗甲のある枝幹を四方にのべて、地上に偃臥する特性を持つ。その剛健で清高の風姿は、よく岩石と調和して、高山特有の風趣を形ち造る。
一 稀びと
昨日からの事を考えると、ほんとうに妙な気がする。俺にとって、これはおそらく、終生忘れられない思い出となることだろう。
そうだ――薄霧が湧きあがっては、静かに峯の方へと流れてゆく、昨日の午さがりのことだった。ふだん耳なれている、せせらぎの音や小鳥の声にまじって、ふと何か、こう、異様な物の気配がする……と思う間もなく、下も手の岩蔭から、ぬっと現われたのが――珍らしくも、人間の姿だ。とっさに俺はブルッと身震いした。時折り俺たちをいたぶりに来る、あの焚木拾いか、それとも盆栽採りか――思わずそんな気がしたので……。
ところが幸い、そうではなかった。