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あるはいまつのどくはく
ある偃松の独白
中村 清太郎
Read ある偃松の独白 (あるはいまつのどくはく) by 中村 清太郎 (なかむらせいたろう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 132,905 characters · 262 screens
」などとある。また十四日になると、「深夜の不二もうろう。星一点。ただし空一たいに明るし。そことなく月しろのほのめき。不二、横さまに光背を負える形。下界は一めん、雲の大海原也。」といった情景。
春の雪と月光の挿図
こうして春は、立ち迷う雲烟の衣に、暖かく大地を包み、凍結した生類を、脈々とよみがえらせる。彼岸の入りの十八日には、むら消えの雪間に、蕗のとうが、むっくり頭をもたげ、千草の芽は、やわらかい土に、珍らかな若緑を、点々と撒きちらした。見渡す毛無も大裾野も、冬枯れの肌に、血が上ったように、何となく艶やめく。日の大分伸びた、暮れ方の森で、ヴォーウ、ヴォーウ、と二た声ずつ、頻りに鳴き立てるのは、大このはずくか。
こうなると、降り出す雪も、中途で大てい雨になる。雨は静かに、しかも隈なく大地に浸みとおり、青いものが、日に増し領分を拡げてゆく。小さな羽虫も、軽やかに飛び立つ。山路で、ふと、物の気配に見れば、語らい遊ぶ妹背の山鳥。こうして三月尽の日記は曰く、「鶯の初音をきく。滑らかにして鋭く、群鳥の声、ために消し失せらる……」と。春は今や、山上にあまねし。しかも富士は、裾野の雪消に引かえ、上半身は却て、化粧を厚くし、盛んに雪煙をあげて、道を高めた日輪に、晶々と照り映える。