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あるはいまつのどくはく
ある偃松の独白
中村 清太郎
Read ある偃松の独白 (あるはいまつのどくはく) by 中村 清太郎 (なかむらせいたろう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 132,905 characters · 262 screens
やはり白馬らしい。絶頂の破れた一等三角標下に立てば、ゆうべの天空上層の霧が、絶えずひょうひょうと峯をかすめて、東から西へ急流するばかりだ。崖端へいざり出て、信州の谷をのぞきこんでも、やはり白く重い霧か雲か、ただ渦巻いたり、湧き返ったりするだけだ。それが峯を去って山稜の低所に来ると、霧の流れから脱するにつれ、杓子大沢の大雪渓のおぼろに直下するのが望まれ、姫川の流域の、山も水も一様に返照にひたって、淡い銀光を浮べているのも時おり見られる。
われらは、飲料水にとぼしく、それでいてなんとなくじめじめして、人臭くわびしい頂上の石室を避け、杓子裏の一と所を選んで、偃松の蔭にかり小屋を掛けた。そしてここに四日ばかり滞在した。そこは一箇のゆるやかな好斜面で、偃松の団落を小楯にとり、四周は一めんの美わしい花咲く千草の広野だ。白山小桜をはじめ、岩銀杏や深山毛莨、白山一華などの密布して咲きつづく処を、一足一足ためらいながら拾って、二、三十歩下りると、朝日岳山稜の雪田から滴る、凍結せんばかり冷徹な小流れが、白ら珠を転ばしている。高く空を限る雪稜を踏まえて、朝日岳の大岩瘤は、巨きな兜の鉢金さながら、ずんと我らの頭を圧してすわっている。