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あるはいまつのどくはく
ある偃松の独白
中村 清太郎
Read ある偃松の独白 (あるはいまつのどくはく) by 中村 清太郎 (なかむらせいたろう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 132,905 characters · 262 screens
ほうじゃくの挿図
息を殺して、その一部始終を見守っている私にも、彼女が何をするのかは、よく分らないのだが、飲むのなら、得意の長吻を持っているのだし、尾の方まで湯に浸すわけはなさそうなものだ。そして元来湯壺は、湧口に近い熱い方と、それを広く湛えた適温の方と、あらまし二つに分れている形だが、彼女が「はいる」のは、いつもその適温の方に、きまっていた。決して湧き出たばかりの、熱い方へ行くのは見たことがない。そして動作も判でおしたように同じだった。私のいない時のことは知る由もないが、人けのない静かな時を選んで来るらしいのに、彼女が私を邪魔とも思わないでくれるのは、うれしいことだ。私はこうした、夢みるような真昼時の湯あみを、彼女を心待ちして、ひそかに楽しみにしたものだ。
蛾とふたり逢ふや出で湯のさざれ波
夕べは早く来る。そして浴場に客のいちばんむらがるのはその頃だ。多い時には、湯壺はからだとからだが擦れ合うほどになる。あたりの岩という岩には、脱いだ着物が、はでな色合いのも交って、それからそれへと置かれてあり、中には石の上にゴザを敷いて、湯上りの疲れた裸身を、ぐったり横たえている女もある。