Japanese reading practice

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まつのやろはち

松のや露八

吉川 英治

Read 松のや露八 (まつのやろはち) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.

N2 · advanced · modern kanji and kana · 125,597 characters · 253 screens

Aozora Bunko

もう、喚く勇気もない。

「ままになれ」

眠れない眼を、つぶっていた。サラ、サラ、と雪の音が、窓でする。肩のそばでする。

雪明りのまま夜の跫音がしんしんと迫った。すると、突然、どこかで喇叭の音が、喨々とたかく響いた。正しい規律のもとに吹かれる音階だった。

ぼう――、ぼうっ――、ふた声ほど、これに続いて埠頭のほうで汽笛が鳴る。兵舎いったいに、何かものの気配がただごとでない。

「や?」

露八はまた、荷梱の上に、跳び上がった。すぐ眼の中へ、波止場の方の篝火が真っ赤に飛びこんでくる。そこには、さっきは見えなかった巨きな蒸汽船が、埠頭に着いていた。

「薩州のだ。……そうだ、薩摩の春日丸だ」

馬関に住めば、誰も幾度かは見ているはずの艦である。めずらしくはないが、何事だろうか、奇兵隊はほとんどといっていいくらい、波止場一帯と海岸を警備している。沖へ、出迎えに行った長州藩の武士たちも多いらしい。和船や、小蒸汽で、ぞろぞろと上陸って来る。

「何だ? 何だろう?」

われを忘れて、彼は見ていた。手錠をすら、時々忘れて、荷梱の上から、落ちそうになった。

半刻ほど経つ。再び喇叭が鳴る。