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まつのやろはち
松のや露八
吉川 英治
Read 松のや露八 (まつのやろはち) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 125,597 characters · 253 screens
夏去り秋来る
一
まるで、成っていない刀の味だったが、気概は偉い、意気は愛すべしだ――と思って、今日は、貴公の訪問を、実は、目釘をしめして待ちかまえていたのに。――勝負もせず、帰るのか」
「帰らしていただきます」
「はてな?」
健吉は、腕を拱んで、お蔦の顔を見て云った。
「……どうやらこの勝負、俺の方の力負けらしいな」
夏去り秋来る
一
何か、考えごとをしながら、長い夜道を、ぼんやりと歩いて行く。
竹刀の先ッぽに、目録の包みを結びつけ、肩にかついでいる恰好は、狐に憑された武者修行とでも見えるのか、野良犬が、後ろから、わんわん吠えた。
「土肥さあん――。土肥さんてば――」
お茶の水まで来ると、お蔦が、息をきって追いついて来た。
庄次郎は、水道橋の欄干に、倚っかかって、無表情な眼で、彼女を迎えた。
「どうなすったの」
「どうもしない」
「お宅は、どちらです」
「小石川……武島町」
「じゃあ、まるで、方角ちがい、近いなら送って行こうと思ったけれど」
「なんの」
首を振って、深い――真っ暗な――お茶の水の谷をのぞきこんだ。
お蔦は、体を摺りよせて、庄次郎の顔のそばで、ささやいた。
「また、来てくださいね。