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しほんたいへいき
私本太平記(一)
吉川 英治
Read 私本太平記(一) (しほんたいへいき) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 246,214 characters · 495 screens
「頭に、おくな。おかねばよいのだ」
こんな思惟は、彼が、それとは逆な思惟に憑かれたときの、二重意識にほかならない。――いつも直義などに向っては、歯牙にもかけない風で言っているが、じつはいささか持ちあつかッている道誉だった。
では、宿命的な仇敵か。
否々、時により、案外な好意をしめし、あのあいそ黒子を、十年の知己かの如く、にんまり見せる。――そんな場合の道誉は、憎もうにも憎めなかった。さりとて、親しむには、親しみきれぬ異質感を、また、どうしようもない高氏でもある。
「わしの小心を見抜かれたか」
高氏は元来、自己を大胆者とは、信じきれていない。むしろ小心だと思っている。
自分が道誉を無視しえないのも、そもそも、その小心が抱いた過大な大望のせいだと気づいた。――道誉のごとき地位と才物は、将来、敵に廻しては厄介にちがいない。あわよくば、行く末、味方にもしようとする狡い分別が、自分を弱くさせ、卑屈にさせ、また、彼の乗ずるところにもなるのであろうか。
立場をかえて。
なぜ道誉が、つねに自分を目のかたきにしているのか、からみたがって来るのかを考える。
或いは、彼も自分同様、ひそかに天下を窺っているものかもしれない。