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しほんたいへいき
私本太平記(一)
吉川 英治
Read 私本太平記(一) (しほんたいへいき) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 246,214 characters · 495 screens
何のために」
「何でもいい。一しょに来い」
「よし出てやる。今切藤五はどこにいるんだ」
八郎太と伝次の二人は、のッけから語気あらあらと闘っていた。従者三名のうち、もう一名の藤五は、どうしたのか、声はしない。とにかく、一瞬にガタガタと物音を蹴すてて、小屋から外へ出て行ったらしい。
「あっ。何であろ、ただ事ではない?」
起き直った母の袂を、覚一は無意識にかたくつかんだ。
「お動きなさいますな。じっとしていましょう。それしかありません。疎石禅師が仰っしゃいました。妄想スル莫レ……って」
「妄想スル莫レ……?」
「きっと、こんな時の、心の持ちようを仰っしゃったのでしょう」
「だって、藤夜叉の告げが、ほんとだったら、こうしてはいられまいがの」
「こんなときは、盲が悲しゅうございます。私を連れては、お母あさまだって、どうする思案もつかないでしょうに」
「今、従者たちが、争い出したのが、倖せじゃ。この隙に、あの者たちの眼をのがれ、心あてまで、逃げのびましょう」
「お心あてとは」
「ここは三河路、一色村とか幡豆ノ郷とか、足利党の住む所も、さして遠くないとのこと」
「でも、今夜さえ無事にこせば、一色の衆がこれへ来ると言ってましたし、従者どもの仲間割れも、何やら変です。