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しほんたいへいき
私本太平記(一)
吉川 英治
Read 私本太平記(一) (しほんたいへいき) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 246,214 characters · 495 screens
そして、話のさいごに、
「……では、立寄るのは見合せよう。しばらく、様子を見た上の他日としても遅くはあるまい」
といったのは俊基のようだった。その一語を打切りに、二人は密談の座から外へ出て来た。
おそらく、彼はここで、水分の楠木家の近状をただしたものと思われる。
正成にたいしては、近ごろ、俊基も少なからぬ疑問をいだかせられていた。
すでに自分が鎌倉から生還したことは、河内赤坂の僻地にいる正成といえ、聞きおよんでいるに違いないのだ。――さるを、かつて菊王に托してやった自分の遺書同様な書状にも、以後なんの返しもないし、また船木頼春が訪ねて行っても、それにも、素ッ気ない門前払いをくわせたという。
「楠木の本心、はたしてどうなのか。石川を訪うた足で、遠くもない水分へも、ちょっと立ち寄って、彼の真意をたたいてみようか?」
まだこの朝までは、そう考えていた俊基だった。けれど太夫の義辰の今朝の意見を聞いて、まずこんどのところは素通りしようと、急に考え直したものらしい。
やがて、別辞を交わして、主客共に、そこの座を立ちかけたときである。
「まずい!」
先に大玄関へ出ていた豊麻呂が、あわただしく駈け戻って来た。