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しほんたいへいき

私本太平記(一)

吉川 英治

Read 私本太平記(一) (しほんたいへいき) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.

N2 · advanced · modern kanji and kana · 246,214 characters · 495 screens

Aozora Bunko

そして父の義辰へ、

「父上、弁ノ殿の御出立を、ちとお待ち願って下さいませぬか」

と、あとは片隅で、※(「口+耳」、第3水準1-14-94)きあっている様子が、俊基の眼にも、ただ事でなく映った。

「太夫、何事ですかな?」

「いや、驚くには足りませんが、いま、せがれが下部の者から聞いたところによると、早朝より坂下ノ辻に、六波羅くさいうさんな山伏が、うろついておるとか。――せっかくなお立ち際なるに、不吉な影がと、苦慮いたしおるわけでございますが」

「ははあ、それは六波羅の放免で、仮名を当麻の八荒坊ととなえている者でしょう」

「や。御存知なので」

「きのうすでに、奈良街道にて、後になり先になりしていた白犬があった。その偽山伏にちがいあるまい」

「てッきり其奴です。とすれば昨夜中に、手配をめぐらし、これからのお行き先に、つき纒う惧れもある。……はて、どうしたものだろうな、せがれ」

「父上、一案がございまする」

「それは」

「弁ノ殿のお身なりを、そのまま船木頼春に拝借させ、供の菊王をつれて、そのお方になりすまし、ともかくここは立つのです」

「高野路へか」

「はい」

「いい考えだが、当のお方の身はどうする?」