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ずいひつ しほんたいへいき

随筆 私本太平記

吉川 英治

Read 随筆 私本太平記 (ずいひつ しほんたいへいき) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.

N2 · advanced · modern kanji and kana · 56,947 characters · 114 screens

Aozora Bunko

ところが東海道は、わけて濃尾平野の街道ときては、いまやここも団地とダンプカーと新工場建設などの花ざかりで、春のドライヴというには少々縁の遠いものだった。

菜の花や

越の境は

雪がある

手帖にこんな句は書いてみたが、その菜の花の黄も、稀れにしか見あたらないし、蝶々も余り飛んでいない。(東京近郊でも近年、蝶がめッきり減ッてしまったよし)――とにかくいまは地方といえど、トラックの列をたやすく縫って涼しい顔しては走れない。

関ヶ原で降りて、首塚で一ぷくする。すぐ北の伊吹山には、まだ雪が白く風も冷たい。古い垂井ノ宿から不破あたりへかかると、車の通行数はグンと少なくなってくるが、そのかわりに今度はひどい悪道路がえんえんと続き出す。

或る一部落のごときは、両がわの家すべてが廂の裏まで泥ンこにまみれ、その乾いた泥土をかぶったまま、昼なのに窓も戸も閉めきッて、往来の軒並み全部、人声もなく、死んだように考えこんでいる“人家の墓地”みたいな一村も見かけられた。

この地方だけではない。

こんどの旅で目に沁みたのは、このような山村がいかに多いかの目撃だった。近年トラック輸送やダンプカーや、また私たちのような自動車旅行者のふえたおかげというしかない。