Japanische Klassiker mit Furigana
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わすれのこりのき
忘れ残りの記
吉川 英治
Lesen Sie 忘れ残りの記 (わすれのこりのき) von 吉川 英治 (よしかわえいじ) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 193.050 Zeichen · 383 Bildschirme
しかし、こんどの吐血を境として、父はふッつり酒を廃めた。というよりも飲む気力を失い、その日から再び病床についてしまったのだ。
猫のような父にまた変った。けれど、ひがみと、母への暴君ぶりだけは、依然、やんだ風は見えない。ひがみの根本は、じつは母にあるのでなく、どうも世間へ対しての、父の白眼にあったらしく思われる。小心なほど、父は出所以来、世間をおそれ、かつ妙に世間をすねていた。あれからというもの、自分から以前の知人を訪ねたことは唯の一ぺんもないばかりでなく、旧知の者が立ち寄ってくれても、会うことはひどく嫌って、母にすぐ間の障子を閉めさせた。「ずっと病気で臥せっておりますから」と母に云わせ、上がり口で帰してしまうという風であった。
そのくせ「もういちど、俺は俺の事業をやってみせる」とか、「もう一旗あげなければ死にきれない」とかと、いうような野心はよく口癖に洩らすのであった。ことばの裏には父が勝手に悩みの対象と見ている世間があり、特に訴訟相手の高瀬理三郎氏には、終世の怨恨を抱いていたらしく思われる。ぼくら肉親にはありあり分る。
けれど母の方は、こうまで、貧乏の底に落ちても、それを高瀬氏のせいであるなどと怨みがましい事を洩らした例しは一度もない。