Japanische Klassiker mit Furigana
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わすれのこりのき
忘れ残りの記
吉川 英治
Lesen Sie 忘れ残りの記 (わすれのこりのき) von 吉川 英治 (よしかわえいじ) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 193.050 Zeichen · 383 Bildschirme
出入りの大工が「旦那の御きげんの悪いときには絵をお願いするに限ります」と、母に云ったそうである。
二年余りの放浪後、小田原へ帰った後は、箱根山麓の附近で、父は牧畜を始めたのだった。横浜という黎明期の開港地に接して来て、刺戟されたにちがいない。「これからは、外人相手の仕事でなければ」というその頃の士族の頭脳としては、飛躍的な思いつきから、それをやった。そして、それも見事、親類や土地の人々から、士族が、けものいじりするとか、土地を穢すとか云われて、徹底的に嫌われ、とうとう又、小田原を追ン出て、牧場を横浜市外の太田新田という所へ引移したものである。
父の横浜移住はそれからで、その頃でもまだ、食肉を屠殺するには、屠殺場の四方に笹竹を立て、シメ縄を張って、神主にのりとを上げて貰ったりしたそうである。けれど、これも長つづきはしなかった。俗に“牛ペスト”といわれた悪性な伝染病が流行し、その猛烈な蔓延から牧場の牛をあらかた失ってしまったのだ。毎日のように、空井戸を掘っては、病牛の屍を埋めるのが仕事だったほど辛い時代はなかったと、父はよく後々まで述懐していた。多少、そのあいだに、もちまえの一徹や野望の角も撓められ、一思案の時期に入ったのではあるまいか。