Japanische Klassiker mit Furigana
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わすれのこりのき
忘れ残りの記
吉川 英治
Lesen Sie 忘れ残りの記 (わすれのこりのき) von 吉川 英治 (よしかわえいじ) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 193.050 Zeichen · 383 Bildschirme
その頃、横浜初音町の辺で開業していた漢方医の吉益某の媒人で、新たに妻として迎えたひとが、ぼくの母、山上いく子であった。牧畜経営に一攫千金の夢もさめ、大小の開港場成金は横浜に簇生していたが、父には失意の時代であったようだ。
後年、父と母とが、夫婦喧嘩などやり初めると、母が咽びながら「わたしは、吉益にだまされて来たんです」と口走り、父はすぐ「いつ、だました、吉益を呼んで来い」と威猛高に云ったのが、いまだに耳に残っている。
漢方医学の上では、江戸中期に、吉益東洞という名手が出、吉益派といえば、落ちぶれても名家の末のわけで、媒人の吉益氏もその系流とは聞いていたが、じっさいの血をひいていたか否かはわからない。けれど、いかにも言語風采からして昔の漢方医者らしい小父さんであった。ぼくら子供は、どこからか帰って来て、わが家の玄関に、白い鼻緒で畳附のぽっくりみたいな男下駄が揃えてあると、また父母が喧嘩してるナと直感して、家に入らず外へ舞い戻ってしまったものだった。
父とのいさかいはよくやったが、母は明治の庭訓に培われただけの典型的な古い平凡な日本の女の一人でしかなかった。