Japanische Klassiker mit Furigana
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わすれのこりのき
忘れ残りの記
吉川 英治
Lesen Sie 忘れ残りの記 (わすれのこりのき) von 吉川 英治 (よしかわえいじ) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 193.050 Zeichen · 383 Bildschirme
誰かに謝りながら走ってい、走っても走っても恐怖に追いまくられて、真っすぐ家の方向へは走れなかった。
その晩、飢餓の一家は、塩ユデの馬鈴薯をふウふウいって喰べあった。元よりぼくの薯泥棒を父は知ろうはずがない。だが、母にもその行為を叱られたような覚えがないのをみると、母も背に腹は更えられぬ思いで子の盗みを許容していたものだろうか。とすれば、ぼくの一家はその頃じつに危うい淵にあったというほかはない。ぼくはその夏、おなじ事を二、三度やった。
否みようもなく、ぼくには盗癖があったようだ。小学生当時にも、母の小銭をかすめたり、店の銭箱へ手を突っこんだ経験がある。いやそのほかにも一度、野毛坂の古本屋で、盗みを犯したことがある。よくやる店頭の立ち読みをしているうちに、無性に欲しくなって来たのである。ふと見廻すと、店の主人は奥で朝飯を食べている様子だった。ふらふらと、ぼくは一冊の本を持って盲目的に駈けていた。すると古本屋の主人の恐い顔がすぐ後ろに迫った気がした。左側は伊勢山の高い石垣だった。ぼくは恐怖と後悔から手の書物を石垣の下の小溝に抛り捨てた。夢中で逃げた。そして、それから数日後の夜、そっと野毛坂を通ってみたら、捨てた本が、まだ小溝の流れに洗われていた。