Japanisch lesen

Japanische Klassiker mit Furigana

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わすれのこりのき

忘れ残りの記

吉川 英治

Lesen Sie 忘れ残りの記 (わすれのこりのき) von 吉川 英治 (よしかわえいじ) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.

N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 193.050 Zeichen · 383 Bildschirme

Aozora Bunko

雪のあと、みぞれでも降っているような、とにかく寒いそして道の悪い日だった。ぼくは海軍波止場まで、空樽を積んだ車を曳いて行った。おそらく酒保で使う漬物樽か何かであったのだろう。とにかく、軽いことは軽いが、山のような空樽を車で曳いた。

小島の小母さんを見かけたのは、あの一番繁華な大通りであった。ぼくから呼んだのではない。買物か何かしていた小母さんが、ぼくの姿を見たのだろう。いきさつはよく覚えないが、その往来中で、小島の小母さんに「まあ、英さんじゃないの」と梶棒にすがられた事だけが、あざやかに脳裡にある。まわりに少し人だかりがしたような気まり悪さを覚えているから、ややしばらく立ち話をしたのではなかったろうか。そしてぼくも小母さんも泣いたにちがいない。小母さんが早口に住所を教えてくれたが、ぼくはおそらく人目に間が悪かったり、さまざまな感情に取りみだされていたのだろう。なかば夢中で別れてしまい、その後も、小母さんの赴任先の住所を知ろうとはしなかった。

又、ひとり小母さんばかりでなく、ぼくはほかの知人も横須賀では一切思い出そうとはしなかった。母の親戚には、芝新銭座の近藤塾の関係から、近藤男爵や山中造船中将など、横須賀海軍工廠には、かなり知人や遠縁の者もいたはずだが、母の手紙がそれらの人に触れていたことはない。