Japanische Klassiker mit Furigana
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わすれのこりのき
忘れ残りの記
吉川 英治
Lesen Sie 忘れ残りの記 (わすれのこりのき) von 吉川 英治 (よしかわえいじ) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 193.050 Zeichen · 383 Bildschirme
病院へ来てみるまではね。でもまだ、あの日一晩中は、お母さんが枕元に附きッ切りで居たのを、おまえは全く知らなかったでしょう」
「知らない」
ぼくは首を振った。そして、又すぐ、
「……すこし、知ってた」
と云い直した。
当時の事も、てんで記憶には少ないのに、母の印象や、母と二人きりで居たときの場合は、こんな些末な会話の端さえ、ふしぎに今も鮮やかなのである。ぼくにとっての母は、たしかに恋人以上な何かを持っていたのだろう。特に又、この病室での印象が濃く残っているのは、その折母がぼくに向って、父の前では見せてくれない愛情のふところを大きくはだけて、ぼくの顔を添え乳してくれたむかしのように、抱きしめてくれたからであった。
そして、そうしながら、母はぼくの耳元へ囁いた。この折の母の息の香や肌の温みは、十九の子にも永遠に忘れられないものだった。ぼくの生涯に大きな転機と勇気をそれは与えてくれた。
「英ちゃん」と、母はぼくの顔を抱くようにして囁いた。「――ね、英ちゃん。体が癒って、この病院を出たら、どうしたいと思っているの。十九だものね、あんたも」
ぼくは甘えた心地で眼をつむッていた。