Japanische Klassiker mit Furigana
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わすれのこりのき
忘れ残りの記
吉川 英治
Lesen Sie 忘れ残りの記 (わすれのこりのき) von 吉川 英治 (よしかわえいじ) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 193.050 Zeichen · 383 Bildschirme
いまから考えると、ちと滑稽である。けれど、その頃は、桜木町駅を離れる汽車の窓から、ホームに立ち残っている母や小さい者たちへ、涙を溜めた目で、離別のハンケチをいつまで振っていても、決して、それが衆目にも、おかしい事ではなかったのである。それほど、横浜東京間の距離は、まだ遠かった。
汽車が、高島町辺にかかると、車窓の右側に、船渠会社の構内が、すぐ、まる見えに望まれる。一号ドックにも、二号ドックにも、入渠船のマストが見えた。今日もそこの足場で生命がけの作業をしている木靴の仲間の顔が、あれこれ、ぼくの眼に泛かんでいた。長い間、世話になった組長の猪子さんに、黙って去って行くのが、悪かったと、急に思い出されたりしていた。
それと、もひとつ、心にすまない事が残っていた。船具部仲間の無尽である。十円取りか、十五円取りか忘れたが、何でも必要があって、ぼくは途中でせり落していた。で当然、あとの掛け金の義務がある。ついにその債務を、ぼくは恩人の猪子さんに背負わせたままで横浜をあとにしてしまった。今でも、これは返していないのである。今日まで、ただすまないと、何十年も思って来た。