Japanische Klassiker mit Furigana
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わすれのこりのき
忘れ残りの記
吉川 英治
Lesen Sie 忘れ残りの記 (わすれのこりのき) von 吉川 英治 (よしかわえいじ) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 193.050 Zeichen · 383 Bildschirme
上京記
どうしたのか、ぼくは新橋駅まで行かず、品川駅で下車してしまった。八ツ山下の賑わいを見、もうここが東京かと、慌てて降りてしまったものとみえる。
紺ガスリに、黒木綿の兵児帯。ただ駒下駄だけが、新しかった。母が買ってくれたのである。それと、出がけに、母がぼくへくれたガマ口に、一円七十銭入っていた。いのちから二番目の物と大事に持っていたのだろう、この銀貨銅貨取り交ぜての額は、はっきり覚えている。
上京記
その頃の、苦学という事、東京へ出るという夢は、当時のぼくら青年にとっては、最高の希望を、最低の手段で掴もうとする唯一の道であった。
封建中国のむかしにも、洛陽へ上って進士の試験を受けるのを青春第一の関門とした若人たちが――笈ヲ負ウテ郷関ヲ出ヅ――と悲歌したが、そんな気もちに似たものが、明治末期のぼくらにも、やはりあったのである。
それはよく出世主義の世態と間違われるが、当時の風潮は、あながち金持ちや高官を目ざす拝金昇官思想だけに依るものとは考えられない。もちろん、資本主義の隆昌と時の国運が醸成したものにはちがいないが、純粋な志学青年も、芸術家の生涯を夢む若人も、みな惨憺たる思いを越えて、東京へあこがれ出たものだった。