Japanisch lesen

Japanische Klassiker mit Furigana

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わすれのこりのき

忘れ残りの記

吉川 英治

Lesen Sie 忘れ残りの記 (わすれのこりのき) von 吉川 英治 (よしかわえいじ) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.

N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 193.050 Zeichen · 383 Bildschirme

Aozora Bunko

おかみさんは、自分の子供の一人が描いた絵を持ち出して来て、母の前へ自慢そうに見せる。ぼくも一しょになって絵をのぞきこむ。

鉛筆描きの船の絵だった。煙筒から煙が出ている。マストだのタラップだの、それはぼくら横浜の子供は朝夕に見つけている港内の汽船みたいだが、船首と船尾に大砲を附けることを忘れていない。大砲の口からは火が発しているのだ。火だけは赤い色がつかってあった。それとマストの日の丸も太陽みたいに塗ってあった。

その時のは、母が云った言葉である。画学紙の絵を手にとって眺めながら母が、

「うちのも、はやくこんなに描けるようになるといいんですけれど」

単にこれだけの事にすぎないが、妙にはっきり覚えているのだ。

日清戦争は終っていたが、なお童心の世界にまで、世間の色や物音が尾を曳いていたものにちがいない。

やがてぼくも自由画らしきものを描き初めたが、船を描けば日の丸と大砲を附けなければ気がすまなかったし、板塀や地べたへ白墨で落書きするにも、何か大人の影響を現わしていたようにおもう。たとえばチャンコロといったような言葉をよく投げ合ったものだし、童歌の世界では、その頃までなお“日清談判破裂シテ……”などという今から思えば滑稽なほど粗朴な軍国調が歌われていた。