Japanische Klassiker mit Furigana
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わすれのこりのき
忘れ残りの記
吉川 英治
Lesen Sie 忘れ残りの記 (わすれのこりのき) von 吉川 英治 (よしかわえいじ) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 193.050 Zeichen · 383 Bildschirme
父の云い分を隣室で聞いていると、子のぼくには、父には母への宥わりや愛情などはケチリンも無いように疑われた。そして反対に、ぼくが幼時から覚えている限りな、父の暴君ぶりやら、母への無慈悲やら、親としての無責任さなどが、母の代弁者として、胸のうちに、煮え返ッていた。でもまだ、ぼくは、歯の根をかんで、筆だけは、うごかしていた。しかし、骨肉の憎悪は、人間が原始に持っていた野性に通じるものがある。
やがて、一だん父の声が荒くなっていた。父自身も、久しく忘れていたであろう、かつての酒狂時代の、あの声に似たものがつづいて聞えた。ぼくは、ふらふらと立っていた。じつは何の考えもなく唯立ってしまったのである。トトトっと階段を降りて、下の台所から、水をいッぱいに湛えたバケツを提げて、元の二階へ上がって来た。見ると、父はなおまだ母を前において熱り立っている。ぼくは父の後ろへ廻った。そして、いきなり父の頭上から、バケツの水をざっと打ッかけてしまった。寒中の冷水である。父も母もアッと云ったであろうが、ぼくの耳にも眼にも残ったものは何もない。空バケツを抛り出すやいなや、ぼくは階段を逃げ降り、凶悪犯人のように、下駄を突ッかけて、戸外へ飛び出してしまったのである。