Japanisch lesen

Japanische Klassiker mit Furigana

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わすれのこりのき

忘れ残りの記

吉川 英治

Lesen Sie 忘れ残りの記 (わすれのこりのき) von 吉川 英治 (よしかわえいじ) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.

N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 193.050 Zeichen · 383 Bildschirme

Aozora Bunko

そして、酒のしずくが気になるのか、真っ白なアゴ鬚をのべつ手のひらで横に撫でる。どうかすると、ぼくを抱いてその白鬚をこすりつける。にんにくの臭気を嫌ってぼくはよくおじいさんの桃色の顔を邪けんに両手で押しのけた。

この折の旅行の帰途で、忘れ難い出来事が、も一つある。以前の新橋駅(汐留)であった。母は大きな信玄袋や何かをぼくの足もとにおいて、「このお荷物を見てるんですよ。いいかい、お母さんはあっちで、切符を買って来るからね」と、駅内の大きな柱の下にぼくと荷物をのこし、やがて人混みに見えなくなった。

まもなく、母は切符を買ってもどって来た。だがどうしたのか、ぼくは知らない。ぼくの足元の大きな信玄袋は消えて失くなっていた。母は眼のいろ変えた。やがて巡査や駅員がやって来た。大勢の旅客が輪になってぼくらを取巻いた。ぼくは何か責任を感じたものらしい。手放しで泣き出した。よほど大声で泣いたにちがいない。誰かにあやされながら、汽車に乗せられたが、汽車の中まで、泣き止まなかった。

その事は、ぼくが大きくなってからも度々母の一つ話に聞かされた。しかし、スリか何かに盗られた大きな信玄袋――合財袋ともいった――その中には、母の衣類化粧道具のほかは、印旛沼名物の鰻の白焼キしか這入っていなかった。