Japanische Klassiker mit Furigana
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わすれのこりのき
忘れ残りの記
吉川 英治
Lesen Sie 忘れ残りの記 (わすれのこりのき) von 吉川 英治 (よしかわえいじ) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 193.050 Zeichen · 383 Bildschirme
ぼくらはそろそろトルストイだのモウパッサンだの、やれ江戸文学では秋成か西鶴だなどと小生意気をいい出していたので、曙山や黙禅や幽芳などではあきたらなくなり、よく分らないくせに四迷、独歩を経て、また泉鏡花に傾倒していた。誰もいちどは罹るという鏡花病にぼくもそろそろ初期程度の徴候をもち出していた。
文学者になりたいとか、将来、その方面にどうとかいう考えなどを、ぼくは当時も以後も、いちども持ったことはない。とまれ唯好きであったに過ぎない。だから読書の選択なども手当り次第で、押川春浪の冒険小説の類でも、その一冊に興味をもつと、春浪物全部を漁りつくして読破しなければ気がすまないという風だった。
こんな風に、いくらでも毎日退屈しない小境地をもっていたので、ぼくは奉公先から返されて来て後、その夏中ぐらいは、何か独り天下みたいないい気になっていたような気がする。ところが或る日、母の留守に投げ込まれた郵便物のうち、鼠色封筒に検閲判が押してある母宛ての手紙があった。裏には印刷で横浜根岸監獄署とあり、まちがいなく父からの郵書だった。
それより前に、ぼくは薄々もう覚っていた。