Japanische Klassiker mit Furigana
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わすれのこりのき
忘れ残りの記
吉川 英治
Lesen Sie 忘れ残りの記 (わすれのこりのき) von 吉川 英治 (よしかわえいじ) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 193.050 Zeichen · 383 Bildschirme
まだ会社へ入りたての頃である。ロップ倉庫の前で、その平井老人が、ぼくを見るなり「おや、アスアかと思ったぜ、よく似てるなあ」と大ゲサに眼を丸くして云った。その後も「おめえ、アスアに似てるぜ」と、ぼくを見るたび云うのである。気になって、アスアって誰? と仲間に訊いてみたら、以前、三部にいたが、製缶工の手伝い仕事で、艫足場から墜ちて即死した混血児だとの事であった。
それから変に、平井老人の青ぐろい皮膚や出ッ歯が、ぼくには、不吉な象徴に見えて仕方がなかった。先でもぼくを嫌ッていた事だったろう。とにかく、どっちも虫が好かない風だった。でも、こうなったので、或る日ドックの帰りに、いちど病院へ見舞には見えてくれた。しかし何を云って帰ったか、何も耳に残らなかった。
患部の痛みはべつとして、ぼくは毎日のベッドに退屈も知らなかった。
朝晩のドック会社のブーは、ここの窓へも聞えて来る。ブーが鳴っても、あの鉄の門へ急がなくてもいい。木靴を穿いて危ない軽業師のような労役に就かないでもいい。そう思うだけでも、偶然な幸福に見舞われている気がした。事実、こんな安息は、何年にもなかった事だ。