Japanische Klassiker mit Furigana
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わすれのこりのき
忘れ残りの記
吉川 英治
Lesen Sie 忘れ残りの記 (わすれのこりのき) von 吉川 英治 (よしかわえいじ) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 193.050 Zeichen · 383 Bildschirme
母は養女形式の戸籍移譲が、十五歳の少女に付帯されたばあい、それがどんな権利や利用価値を生むかなども、てんで知ってはいないのである。また旅館料理というものの内容なども分っている母ではなかった。だが、その辺のうとさは父も同様であった。もっとも父にはもうこの逆境から脱しようとする闘志も全く沮喪していた。口癖に「ばかにするな、おれだって、今に、もう一旗は」と云っていた、その口癖もなくなっていた。潰瘍だけでなく、心臓もわるい、喘息もと、体じゅう病気の巣みたいにいうこの頃だった。この良人と幼いのを沢山抱えて、母の闘いはもう十年になる。一家心中をしなかったのは不思議である。その点、母はまったく強かった。だがその強さは冬柳の姿のようなものだった。ただ忍受であった。子や良人へするように運命にも抵抗を知らなかった。
無知といえば可憐なる無知の人であり、愛の一型とみれば、ただ子の涙を以て洗うしかない「家」なるものの犠牲碑だった。
母は、まもなく本所の番場町辺に間借を見つけた。そして袋貼りやら仕立て物の手内職を探し、また、子供らの通学やら何やら、曲がりなりにも、馴れない土地での暮しの緒につき始めた。