Japanische Klassiker mit Furigana
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わすれのこりのき
忘れ残りの記
吉川 英治
Lesen Sie 忘れ残りの記 (わすれのこりのき) von 吉川 英治 (よしかわえいじ) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 193.050 Zeichen · 383 Bildschirme
そんな中でさえ、母は用達しの帰りとか、寸暇があると、よく三筋町へやって来て、男世帯の汚い台所や押入れの中まで、よく見てくれた。洗濯物、ほころびの繕い、晩の御飯の仕掛けまでして帰るのだった。もちろん、T氏も母のおせッかいを好意で見てくれたし、ぼくや弟には、人の家であっても、母が立ち働く姿を見ているだけでも歓しかった。
だが、とかく病人の父は、母の留守をよろこばなかった。三筋町でつい日が暮れて帰りなどすると、例の癇癖でよく呶鳴られていたらしい。母も、お父さんのそれにはもう馴れッ子になったと云っているが、後は必ず病状が悪いので、それにはらはらするのであった。
冬の初め頃、母たちは又、その貧しい巣を引っ越した。吉原遊廓にすぐ近いおはぐろ溝のそばだった。そこの一見、しもたやみたいな周旋屋の二階の六畳二間を借りたのだった。
何で、こんな所へ引っ越したのだろう。昼の妓楼の裏に干し並べてある赤い物や、おはぐろ溝の黒さを覗いて、ぼくは母の気もちが分らなかった。弟妹の千代や晋ももう学校へ通い出しているのだ。夕方になれば遊客がぞろぞろ通るし、夜は茶屋のお囃子やぞめきに毎晩爛れた空をしている。