Japanische Klassiker mit Furigana
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わすれのこりのき
忘れ残りの記
吉川 英治
Lesen Sie 忘れ残りの記 (わすれのこりのき) von 吉川 英治 (よしかわえいじ) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 193.050 Zeichen · 383 Bildschirme
山内先生の赤ら顔は、ぼくらが、一、二年生の時からだった。大酒家とは覚えていないが、特に鼻が赤かった。横浜の児童教育史上、この先生の名は逸することのできないものである。幾多、表彰はされているが、教え子のひとりのぼくの胸にも、先生の子供好きな細い眼と、あの笑い顔は、消えうせることはない。
先生は前の奥さんを、お若いうちに失われた。ぼくらは、その奥さんからも教えをうけた。当時では、中流の夫人を奥さんとは呼ばない、御新造さまと呼ぶのである。ぼくら生徒も「――御新造先生、ごしんぞ先生」と呼んだものだ。わが校長先生夫妻は、勿論、ほかの教員も幾人といたが、夫婦共稼ぎで、教鞭を取っておられたのである。
ぼくらは、どっちかと云うと、御新造先生が教壇に立つことを、もっぱら歓迎した。先生は子供の眼にも美人として映った。ぼくは自分のお母さんと、どっちが色白だろうかなどと思いながら先生の襟元や頬の匂いを遠くから嗅いでいた。先生は常に髪を夜会巻にし、袂の長い着物に、紫の袴をはいていた。そのモスリンの匂いすら、ぼくらは感じのこすことはなかった。
ただいつも例外なく、御新造先生が困るらしいのは、ぼくら生徒が、やたらに騒ぐことであった。