Japanisch lesen

Japanische Klassiker mit Furigana

ja-reading.com

Lesen Sie japanische Klassiker online mit Furigana. Filtern Sie nach JLPT-Niveau, tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung und übersetzen Sie einen Satz.

まんようしゅうか

万葉秀歌

斎藤 茂吉

Lesen Sie 万葉秀歌 (まんようしゅうか) von 斎藤 茂吉 (さいとうもきち) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.

N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 213.820 Zeichen · 427 Bildschirme

Aozora Bunko

とだけあるが、諸家が皆持統天皇であらせられると考えている。さすれば天皇の歌人としての御力量は、「春過ぎて夏来るらし」の御製等と共に、近臣の助力云々などの想像の、いかに当らぬものだかということを証明するものである。「志斐い」の「い」は語調のための助詞で、「紀の関守い留めなむかも」(巻四・五四五)などと同じい。山田博士は、「このイは主格を示す古代の助詞」だと云っている。

○

大宮の内まで聞ゆ網引すと網子ととのふる海人の呼び声 〔巻三・二三八〕 長意吉麻呂

長忌寸意吉麻呂が詔に応え奉った歌であるが、持統天皇か文武天皇か難波宮(長柄豊崎宮。現在の大阪豊崎町)に行幸せられた時の作であろう。

海岸で網を引上げるために、網引く者どもの人数を揃えいろいろ差図手配する海人のこえが、離宮の境内まで聞こえて来る、という歌である。応詔の歌だから、調べも謹直であるが、ありの儘を詠んでいる。併しありの儘を詠んでいるから、大和の山国から海浜に来た人々の、喜ばしく珍しい心持が自然にあらわれるので、強いて心持を出そうなどと意図しても、そう旨く行くものでは無い。

また、この歌は応詔の歌であるが、特に帝徳を讃美したような口吻もなく、離宮に聞こえて来る海人等の声を主にして歌っているのであるが、それでも立派に応詔歌になっている