Japanisch lesen

Japanische Klassiker mit Furigana

ja-reading.com

Lesen Sie japanische Klassiker online mit Furigana. Filtern Sie nach JLPT-Niveau, tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung und übersetzen Sie einen Satz.

まんようしゅうか

万葉秀歌

斎藤 茂吉

Lesen Sie 万葉秀歌 (まんようしゅうか) von 斎藤 茂吉 (さいとうもきち) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.

N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 213.820 Zeichen · 427 Bildschirme

Aozora Bunko

その時詠まれた御歌である。持統紀に、庚午賜二死皇子大津於訳語田舎一、時ニ年二十四。妃皇女山辺被レ髪徒跣奔赴殉焉。見者皆歔欷とある。磐余の池は今は無いが、磯城郡安倍村大字池内のあたりだろうと云われている。「百伝ふ」は枕詞で、百へ至るという意で五十に懸け磐余に懸けた。

一首の意は、磐余の池に鳴いている鴨を見るのも今日限りで、私は死ぬのであるか、というので、「雲隠る」は、「雲がくります」(巻三・四四一)、「雲隠りにき」(巻三・四六一)などの如く、死んで行くことである。また皇子はこのとき、「金烏臨二西舎一、鼓声催二短命一、泉路無二賓主一、此夕離レ家向」という五言臨終一絶を作り、懐風藻に載った。皇子は夙くから文筆を愛し、「詩賦の興は大津より始まる」と云われたほどであった。

この歌は、臨終にして、鴨のことをいい、それに向って、「今日のみ見てや」と歎息しているのであるが、斯く池の鴨のことを具体的に云ったために却って結句の「雲隠りなむ」が利いて来て、「今日のみ見てや」の主観句に無限の悲響が籠ったのである。池の鴨はその年も以前の年の冬にも日頃見給うたのであっただろうが、死に臨んでそれに全性命を托された御語気は、後代の吾等の驚嘆せねばならぬところである。