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Japanische Klassiker mit Furigana

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まんようしゅうか

万葉秀歌

斎藤 茂吉

Lesen Sie 万葉秀歌 (まんようしゅうか) von 斎藤 茂吉 (さいとうもきち) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.

N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 213.820 Zeichen · 427 Bildschirme

Aozora Bunko

の歌も、妻を悲しんだ歌なのである。

一首の意は、巻向山の近くを音たてて流れゆく川の水泡の如くに果敢ないもので吾身があるよ、というのである。

この歌では、自身のことを詠んでいるのだが、それは妻に亡くなられて悲しい余りに、自分の身をも悲しむのは人の常情であるから、この歌は単に大観的に無常を歌ったものではないのである。其処をはっきりさせないと、結論に錯誤を来すので、「もののふの八十うぢ河の網代木にいさよふ波の行方知らずも」(巻三・二六四)でもそうであるが、この歌も、単に仏教とか支那文学とかの影響を受け、それ等の文句を取って其儘詠んだというのでなく、巻向川(痛足川)の、白く激つ水泡に観入して出来た表現なのである。恐らく此歌は人麿自身の作として間違は無いとおもうが、一寸見には、ただ口に任せて調子で歌っているようにも聞こえるがそうではないのである。巻二に、人麿の妻を痛む歌があるが、この歌もああいう歌と関聯があるのかも知れず、又紀伊の海岸で詠んだ歌も妻を悲しみ追憶した歌だから、一しょにして味ってもいいだろう。

○

春日すら田に立ち疲る君は哀しも若草の※無き君が田に立ち疲る 〔巻七・一二八五〕 柿本人麿歌集