Japanische Klassiker mit Furigana
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わすれのこりのき
忘れ残りの記
吉川 英治
Lesen Sie 忘れ残りの記 (わすれのこりのき) von 吉川 英治 (よしかわえいじ) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 193.050 Zeichen · 383 Bildschirme
藪やら古い池の残痕やらを繞って安ッぽい借家がぼつぼつ建て混み初めて来たといった風な場末であった。その一軒の格子先に、紛うなきわが家の標札を見つけたとき、ぼくはこれがわが家かと疑った。そしておずおずと足を踏み入れるばかりな狭い土間の中へ入ってまず奥を覗いた。
家はたった三間ほどであった。以前の家庭にあったような家具や飾りは何一つ見当らない。父の姿も見えなかった。奥の六畳にまだおむつの要る妹が蒲団にころがってい、狭い裏庭の外に物干竿へ洗い物を懸けている母の後ろ姿があった。「おっ母さん」と、ぼくはまだ他人の家のように上がりもせず土間から首を伸ばして呼んだ。母の顔がそこの日向からこっちを振向いた。人ちがいするほどその髪の毛も頬のあたりも窶れて見えた。「あら……」と云ったまましばらく母は笑いもせずぼくの方を凝視していたが、その手から音をたてて物干竿が地へ落ちた。母はそれを拾い上げようともせず、縁へ這い上がり、座敷を小走りに駈けて、ぼくの顔のそばへ来た。そして「どうしたの、英ちゃん」とは云ったが、すぐ何かを察したようだった。ぼくは主人からの手紙を母の前へおくと、何も云えなくなって唯泣き出した。