Japanisch lesen

Japanische Klassiker mit Furigana

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わすれのこりのき

忘れ残りの記

吉川 英治

Lesen Sie 忘れ残りの記 (わすれのこりのき) von 吉川 英治 (よしかわえいじ) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.

N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 193.050 Zeichen · 383 Bildschirme

Aozora Bunko

「……英ちゃんかえ?」と、母の声がする。「ただ今」と、台所へ弁当箱を置きに行った。秋ぐちといっても、まだ寒いほどではないのに、今夜に限って、世間憚るように、間の障子が閉めてあった。

内から障子を開けて、母が顔を出した。出会いがしらに「お父さんが、お帰りになったのよ、英ちゃん」と、うるみ声にやや弾みをおびた調子で囁いた。中へ入って「お帰んなさい」と云ったとたんに、ぼくも肱を曲げて顔を隠してしまった。こめかみがずきずきして、耳鳴りを熱くしていたせいか、そのときの父のことばは一言も覚えていない。が、何も云わなかったようにも思う。ただはっきりしているのは、父が紬の黒っぽい着物に角帯をしめ、絽の羽織の畳んだのを枕元において、虚脱した人のような淋しい影から、ぼくへ微笑を見せたことだった。疲れていたのか、もう夜具を敷かせ、敷き蒲団の上にいたのだが、ぼくが帰るまではと、坐っていたにちがいない。父は真四角に父らしい坐り方をしてぼくを眼で迎えた風だった。

それにしても、父の風貌はひどく変っていた。頭の毛も以前とちがう坊主刈りになってしまい、口髭も失くなっている。何よりも皮膚の色がわるく、頬がソゲ落ちていた。