Japanische Klassiker mit Furigana
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わすれのこりのき
忘れ残りの記
吉川 英治
Lesen Sie 忘れ残りの記 (わすれのこりのき) von 吉川 英治 (よしかわえいじ) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 193.050 Zeichen · 383 Bildschirme
何も、手分けして探せば、それだけ範囲も広く探せるものだが、傘が一本しかないのである。母は生れて二年足らずの晋を背中に負っていた。母は破れ洋傘のしずくで背の子を濡らすまいとするし、ぼくの肩も入れようとするので、自分は濡れ雑巾のようになっていた。
ぼくは洋傘の柄を持ち添えながら、その日ほど、自分の母が世間の中で不運な人に見えたことはなかった。家の立退きを迫られている気もちは家がない事とちッとも変りはない。そんなせいもあったろうし、一日じゅう歩き暮れていたことなのだ、母の半生の歴史みたいなものが、小さい頭にぐるぐる廻りしていた。そしてもう何らのぼく自身の欲望は失われていた。ただこの母をどうかして一ぺんでも幸福にしてみたい気もちが無性に起った。好きな読書も画家志望も捨てていいとさえ思った。いやそんな考えも持たなかったろう。もっと本能的な動物でも感じるであろうような単純さで、「いまに、お母さんだって、世間の人なみに、こんな苦労のないお母さんにするよ、ぼくはきっとしてみせるよ」と心で呟いた。けれど、そういう思いも、ここにこう文字で書いてみると、何だか嘘が交じるようである。