Japanische Klassiker mit Furigana
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わすれのこりのき
忘れ残りの記
吉川 英治
Lesen Sie 忘れ残りの記 (わすれのこりのき) von 吉川 英治 (よしかわえいじ) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 193.050 Zeichen · 383 Bildschirme
時々微かに囈言を洩らすのである。囈言はかならずおっ母さんと呼ぶらしかった。そのたびに母は浜子を抱いて慟哭した。そして、すやすやとそのまま亡くなってしまったのである。
浜子の死については、今でも思い出すと悔恨と傷ましさに、ぼくは胸がふさがってくる。五月十三日という命日まで忘れえない。どうその頃の人の矛盾や救いのない貧乏の沼を察しても、今からでは理解できないものがある。口減らしなら口減らしの他の策も、切羽詰った必要ならその必要の算段にはほかの考え方もあったろうにと、ぼくは浜子の死後、腹立たしさに、母にさえ何か喚いた覚えがある。が余りそれを云うと、母は当時身投げでもしかねないような容子であった。こんどはそれを惧れたこともぼくの記憶に消し難い。
運命は悪戯者というが、こんな弱者の家庭へも同じに見舞った。皮肉にも浜子の死後まもなく、ちょっと家運が開けた。どういう金が入ったのか、家は鉄ノ橋側の吉田町二丁目へ引移った。このさいの経過は、日々ただ眼をつぶって、辛いドック勤めをつづけていたぼくには、よく分っていない。
吉田町の家は、繁華街のすぐ横で相当な構えの家であった。