Japanische Klassiker mit Furigana
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わすれのこりのき
忘れ残りの記
吉川 英治
Lesen Sie 忘れ残りの記 (わすれのこりのき) von 吉川 英治 (よしかわえいじ) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 193.050 Zeichen · 383 Bildschirme
将来は南洋にも支那にも支店を拡げるつもりだ、というような事もぼくへは話した。何で私宅にまで、ぼくを呼んで、そういう好意をもらしてくれたのか分らないが、とにかくその晩ぼくは感奮して帰った。思いがけない幸福に囁かれて寝つかれない程だった。
けれど次の朝にはもう諦めていた。S氏の好意は断るしかない。出京以来まだ半年だが、その間に、何十通となく見た母の手紙には、唯一人の稼ぎ手のぼくを失って、以後の苦しさは、つつみようもないものが窺われる。どうかすると、四日も五日も母の手紙の来ない日がある。そんな時は、郵便切手も買えない為にちがいないと思い、ぼくは自分の手紙に添えて、時々郵便切手を十枚も二十枚も入れておいた。また二円でも三円でもゆとりがあれば小為替にして送った。それでも安心とは思えなかった。吉田町の旧住所は、高島町何番地とかの、ぼくの知らない所に変っていた。
塗工部の通勤工に、Yさんというのがいた。浅草鳥越町から通っていた本職の塗師職人である。多少ぼくの事を聞きかじってか、昼休みの或る時、ぼくを人無き所へ手招ぎして、「とても、いい仕事があるんだがネ」と、囁いた。