Japanische Klassiker mit Furigana
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わすれのこりのき
忘れ残りの記
吉川 英治
Lesen Sie 忘れ残りの記 (わすれのこりのき) von 吉川 英治 (よしかわえいじ) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 193.050 Zeichen · 383 Bildschirme
開盛座の立見席で気づくとすぐ側の人中にN子の横顔が見えたりした。しかしどんな機会にも二人は口をききえなかった。とつぜん、真正面に行き会ったときなど、こっちの胸がつまる程、彼女の眸にもうごく色を見ないでもなかった。けれどそれの反れてしまうことは燕と燕のように、迅かった。ぼくの恋に似た経験といえば、みんなこんな不熟で終っている。臆病なせいではない、境遇のせいだった。彼女は、その年の末頃、忽然と、長屋から見えなくなった。上方の花柳界から舞妓に出たらしい。そして、まもなく上方で急死した。――という消息は、彼女の実兄から後に聞かされたのである。その人は、妹の死をぽつんとぼくへ告げながら、「――妹は、あんたの名を、何度も何度も、死ぬまえに云ったのどすえ。いま初めてお打ち明けしますが」と、云った。終生の悔いである。せめて上方へやられた事情や病気の模様でも、もっと詳しく訊きおくべきであった。ところが、それすら訊き返す勇気がなかった。先もそれしか云ってくれない。あとは何か、ぼくの俯し目を憎しげに睨めすえていたように受けとれた。
T氏の許にいる間に、母は二度ほど上京して来た。