Clásicos japoneses con furigana
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ばいりせんせいぎょうじょうき
梅里先生行状記
吉川 英治
Lee 梅里先生行状記 (ばいりせんせいぎょうじょうき) de 吉川 英治 (よしかわえいじ) en japonés con furigana. JLPT N2. Toca una palabra para ver el significado.
N2 · avanzado · kanji y kana modernos · 209.260 caracteres · 418 pantallas
三
……ところが冬のある日、雪がたくさん降った。わしは、子ども心に、いつも乳母の卑下に同情していたので、こんな歌を書いて、女中どもの通う杉戸へ貼っておいた――
ふる雪が
おしろいならば
手にためて
小督が顔に
ぬりたくぞある
とな。それから皆、あまり乳母をからかわなくなった。それが、わしが歌を詠みはじめたいちばん最初ものであったやも知れぬ」
三
ふたりは、ふたり限りしかいないように、話にみが入って、あたりも忘れきッている体であった。
話は尽きない。
あの頃は。あの時はと。
(なんという睦じい景色)
(不幸の多い一生に、こうした知己があったらさぞ……)
人々は、ひそかに羨んだが、よく考えてみると、同じ地におりながら、四十年も相見ることのなかった老公と雪乃であった。
(羨ましいといえるだろうか)
若ざむらい達は、考えさせられていた。――出来るかしらと、自問してみた。
それにつけまた人々は、老公の幼年から弱冠時代の逸事を、幾つか、思い出していた。
みな藩の古老から聞いたことで、そのまま真実かどうかわからないが、まだ眼のあたりいるお方のこと、まちがいはないものと信じている。
老公がまだ八つか九歳の頃だったという。